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ツブヤキ Archive
つながり、つながり。
- 2011年2月19日 18:40
- ツブヤキ
ブログのお題募集にリクエストしたら、期待通りのお話を書いてくださいました。ありがとうございました。
お礼として感想というかリクエストしたお題の経緯など置いておきます。
以前フジイさんにバックパッカー時代の話を直接伺ったとき、武勇伝として面白かったんですよね。なので他の読者の皆さんにも喜ばれるだろうと思ったんですけれど、滞在当時から旅行記など書いてらしたそうなのでそのままだと少々ハードルが低いかと思い、適当にひねりを加えたリクエストにしてみたのでした。
そのひねりを商売論としたのは、あのときの話題の前後に「商売の成立=売り手買い手が対等の価値を得た」みたいな話があったのだけど、この"買い手が売り手に攻め入って成立する取引"の話と、いま身近にある"売り手から買い手に寄ってきて成立する取引"との2面がふわっとつながって見えたから。...見えたところで商売っけ皆無の私には思考の整理も言語化もできないけどね。
# 蛇足ながら私は言い値で払って、たとえ騙されてても関知しない質。まあその余剰金で美味しいものでも食べてくださいよ位にしか思わない。体験したことないからわかんないけど。
# だからみんな私をカモりにくるといいよ。 上手く物欲に刺さって気に入ったら買い物レビューも書くよ。
ちなみに、数々の日本人を騙しまくってきたインド人詐欺師のひとから「お前はイスラエル人くらい騙しにくい」という言葉をいただきました。これって褒められたのか、罵られたのかどっちなんだろ。今でもわかりませんww
どちらにせよそういうところが契約書にも気を抜かない現在の姿勢につながるのですね、とマジレスしておきます。
つながりといったら、やっぱりこれかな。
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マイペースのいいわけ
- 2010年10月25日 04:19
- ツブヤキ
これまでここに溜めて来たあれこれは、一泡沫Web担の赤裸々な日常-つまり日常で応対してる不特定の誰かに向けた雑感であって、勤め先の本業のマーケットがどうで顧客動向がどうで、こういった営業戦略のなかでWebをこう活用して成果をあげよう、みたいな視点はまるでないね。匂いもしない。
そりゃ企業にとって機密情報なんだからおいそれとダダ漏れさせるほどバカじゃねーよ、と言うべきところだが現実はさにあらず。正直にいってすいません眼中にないです。 これまでの生き様からすると自分としては当然なんだけど、だめですかね?
これまでずっと、目の前のみんなが楽しくor楽に仕事してくれるのが第一で、あわよくばそれがその先の誰かのためにもなって、それがまた目の前の誰かの利になるような循環をつくる一つの歯車という立場。年を重ねるごとに担える循環がちょっとずつ広がってきたかもしれない。そんな程度。
だから所属してる組織の事業がどうとかは眼中にない。あったとしても目の前にある循環の一要素としてのみ。
それに頑にこだわっているせいで損をしているのは知ってるけれど、うたれ強いのではなく鈍感なだけでキャパ超えるとあっけなく崩壊して再起不能になる自分も知ってる。自分の許容量超えないにように慎重にナワバリを設けつつ、すこしずつ足腰鍛えていくしかない。他人の価値観にあわせてナワバリをさっくり変えられるほど器用じゃないから、自己崩壊したときの責任もとれないのにケツ叩くだけの無責任な号令には従えないよ。
考え過ぎだよもっとその場のノリでいいじゃんとか言われたことがある。ごもっともだと思う。でもなんかしょうがないんだよねぇ。再起不能にだけはなりたかないからねぇ。
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ヨレヨレのスーツとだらしないビジュアルデザイン
- 2010年10月23日 10:22
- ツブヤキ
普遍的、スタンダード、質素、地味、形容詞はいろいろあるけれど、奇をてらわないビジュアルデザインは特に、余白の存在とパーツの精度が出来不出来を左右するよね。
ページと本文の余白、囲みとの余白、行間の余白、文字間の余白、文字内の余白。被写体と背景の余白、そしてパーツの解像感。
これ美術的観点からものを言っても絵心のない人には理解されないので、身だしなみにたとえてみるテスト。
外回りの営業だったとして、初対面の印象をよくする為に身だしなみを整えるのは常識。吊るしのスーツでもいいから、スーツもシャツもきりっとアイロンをかけ、ネクタイもきりっと結び、靴もきりっと磨いとけ。 1ランクあげたければ、Vゾーンの広さにも気を配って、ベルトと靴の色をそろえろ、と。
デザインだってきりっと余白を整え、解像感をきりっと整え、要所となるパーツの色を揃える。それで印象よくなるよ。
# デザインともいえるしオペレーションレベルともいえるけど
逆に言えば、それすら配慮できてないって「だらしない」んだよ。負の印象なの。
吊るしのスーツでしかもくたびれてるとか、ありえない。
普遍的なビジュアルはなおさら、余白が美しくないとか解像感が甘いとか、ありえないんだよ。
......理解されないだろうなぁ。そうやってだらしないビジュアルデザインが量産されていくんだ。 室内着にあたるような社内文書ならともかく、広告物とか提案資料とか、Webページとかのよそ行きまで、スーツっぽければいいって程度で露出してる。ヨレヨレのまま外回りさせてる。
大事な人に会う前につい鏡の前で身だしなみを整えてみる、なんてのは実に普遍的な場面。どうでもいい人だったらおざなりでも気にならない。つまりヨレヨレのスーツで応対するってことは、その程度の人って受け取られても仕方ないってこと。
相手に対する敬意として身だしなみを整えろって次元のはずなのに、きりっとしたスーツで営業したら案件獲得n倍ってなら金と手間かけようって次元になって納期だ費用だ力量だで妥協する羽目にあう。変なの。
さらに嘆かわしいのは、「デザイナー」に頼んでるのに、中途半端なアイロン具合だったり靴がぼろぼろだったりベルトと色が違ったりっていう程度が往々にしてあるってこと。デザイナーズ系の主張のあるオサレな身なりよりもまずは身だしなみが重要という場面なのに、中途半端な飾りポケットとかがついてるだけでごまかされてて吊るしには変わりないのも関わらずだらしないとか。
まあせめて言っておきたいのは、そんな配慮すらできない人を「デザインできる」なんて認識するなってことですね。作る側も作らせる側も。
# とか言いつつ実生活ではくたびれた格好で仕事してますけどね(汗 だって基本的立場は社内作業人だもん。でもしゃつにあいろんはかけてるぞ
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Twitterではかならず客いじりをしなきゃいけない訳? どうして?
- 2010年9月 4日 22:23
- ツブヤキ
あらかじめお断りしておきますが、Web担としてのポジショントークではなくきわめて個人的な本音のクダマキです。
今年に入ってから企業のTwitter活用とかいうお題をあちこちで目にする事も多くなりました。そのスジには全く興味がないのでその中で何を話されているのか全く存じ上げませんが、いちTwitterユーザとして正直げっぷが出ます。
企業はTwitterではかならず客いじりをしなきゃいけない訳? どうして? フォローする側からすれば一方的な情報発信で全然かまわないんだけど。メルマガとかよりずっと後腐れなくて気軽な情報取得手段だからフォローしたのであって、中の人にいじられたいからじゃない。フォロー返しすらしてくんなくていいし、ましてやフォローありがとうございますDなぞ送られても迷惑です。
ましてや企業のアカウントに@してくれたりRTしてくれたりしたアカウントを「今日はこんなひとにRTされましたぁ!」とかBio転載したプロフィールを社内回覧で流すとかホント萎える。自分だったらMention飛ばした企業アカにそんな事されてたら即座にブロックしますよ。
...とまあこんな奴もいるが、かたやリプライ欲しくて@飛ばしまくってるような人もいる。つまりはTwitterの捉え方ってのは十人十色千差万別。
そして企業の中の人としては、私のようなサめたやつに心地よいような薄い対応より、リプライ欲しくて@飛ばしまくるような人のほうがインフルエンサーたりえるので大事にすべきなんでしょうかねぇ。
# そういう人向けには別のインフラ使って応対してほしいなぁ、暑苦しくてかなわんよ。
# フォローしようがされようが、リムられようがブロックされようが、@に返事されようがされまいが、すべて気ままにご自由に。この義理が薄いところがTwitterの魅力だったのに。
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追い風
- 2010年7月30日 06:11
- ツブヤキ
社内調整の場では「するべき」「ねばならない」なんて口調で「啓蒙活動」して合意を得ん・予算を穫らんとする場面がままあるのだけど、本音じゃこんなどっかからの受け売りで薄っぺらい机上の空論をこねくり回すのはもう心底うんざり。
頭でっかちで力もないのに正当性があるように見せかけるために必死になってる自分が実に無様でねぇ。実践積まなきゃわかんないのにさ実際のとこなんか。
周りをほっといて自分だけ価値を感じるほうに突っ走ってしまいたくもあるけど、現実はひとりでできる事なんてホントたかが知れてて結局中途半端どまりとか。
...そして、そんな浅はかな口調で突破しなきゃなんない壁ってのも実は薄くて、あとのみんなはちょっとした追い風で同じほうを向きそうな空気を(錯覚でも)感じてしまうと、渋々ながらでもなんかしなきゃいけない気になってくるとか。
そういうときは、まず始めにチームのみんなにぶっちゃけて、自分に追い風をもらうとしますかね。翼も帆もない道ばたの石っころでも、追い風吹きゃちょっとは動くんだわさ。
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PostToTwitterをアップデートしたよ
- 2010年1月 2日 13:47
- ツブヤキ
年末にPostToTwitterがバージョンアップされてたので、ありがたく利用させていただきます。
おぉ、twitされるテキストとURL短縮サービスが選べるようになっている。まってました。
ひとまず今まで通りに[New Entry]つけただけの記事タイトルを渡すようにしてみたけど、そのうちカテゴリも含めるようにしてみようかなとか? キーワードかタグをハッシュタグに設定できるようにしたりとか? なかなか夢ひろがりんぐ。
という訳でテストを兼ねて2010年最初のポスト。
そしてこの場を借りていろいろな人へのご挨拶を... 今年もよろしくお願いいたします。
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値切ったって儲かんないよ
やっぱりさ、Webサイト構築に関わるプロジェクトマネジメントは、Web屋さんに任せようよ、当然。進行にしても開発にしてもノウハウの差が段違いでしょ。
クライアントの自分みたいなハンパ者が先の見えない中を頭からぷすぷす黒煙はきながら手探りで進めていくなんて無駄なんだってば。この時間のコストをWeb予算に振り当てれば、もっと手慣れたプロジェクトマネジメントができるWeb屋に任せられるんだってば。この時間で育てるべきは、本業の市場動向を読んで各種媒体の特性に合わせた展開を仕掛けられる人材なんだってば。
「設計に払う金がないから自社でやる」とか言ったって、見よう見まねで手探りで倍も時間かかって、上がったものは穴だらけでクオリティが低くて十分な効果を狙えない。そんなんじゃ費用圧縮した分以上の損をしてるってば。
設計のコストやシステム開発費を値切った見た目の予算の多寡にだけとらわれてないでさ、もっとマクロな戦略とってくんないかな。より力強い利益をだせる戦略をさ。
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じぶんアップデート
- 2009年7月29日 08:49
- ツブヤキ
エントリの下書きが順調に積もってて、なんとかかたちにしたくてこねくり回しているこのごろ。その中から派生して、ひとつのひらきなおりを得たところ。
ここは個人の戯言を置いておくブログなんだから、1エントリに1つのオチなんぞ律儀につける必要は無いんやね。
内容がかならずしも共感を呼ぶものでなくてもいいんやね。
記事の主旨がとんちんかんだっても、みた人が気軽に突っ込んで修正してくれるなら、
自分だけで抱え込んで腐らせてるより、ずっといいやね。
直接のコメントやトラックバックに限らず、TumblrでもTwitterでも、はてブコメでも「これはひどい」タグでも、フィードバックを知る接点はたくさんあるのだし。
...まあ、ダークサイドを掘り出しちゃうのはお互いいやだけどさ。
これはTwitterになじんできたからひらきなおれたポイントかも。知らん誰かを勝手にフォローして、気軽につぶやいて、気軽につっこんで。そういったフィードバックへのハードルを下げるきっかけになった。読んでくれてる人の顔が見えてきたってのも大きいかもだ。
ブログなんてのが無い頃から、不特定多数に日記をひけらかするコトに合点が行かないままほったらかしていたけど、ここに来て双方向性ってのの意義を実感したよ。ほんと今更だけど。
Webサービスでは一般的になってる、β版公開してフィードバック受けつつアップデートしていくサイクル。Webって媒体は、その循環を早めて広げるのがとっても手軽。それを活用すべきは、公のサービスだけじゃない。個にだって当てはまるじゃないか。
自分なんて、しょせん永遠のβ版なんだから。
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課題と目標と現実と現状と目的とのたり
- 2009年7月12日 17:03
- ツブヤキ
自分語りは好きじゃないが、現実はうんざりするほど内省する毎日。TwitterのTLであんな人やこんな人の内省的なポストをみると自分だけじゃないんだって妙に安心したり。
以下、自分のハードル下げるために臆面も無く自分語りの駄文を(今回に限ったことじゃないけどさ)
いかに情報伝達に於けるストレスとロスをなくすか、は基本課題だねぇ。
これは昔から無意識に持っていたらしい何かを、このところでようやく言葉に置き換えられる程度に整理がついてきたんだけども。
たとえば、Webサイトの上流の設計が頑張ってても、直接の接点となるUI/グラフィックに配慮が欠けたお粗末な仕上がりでは伝達にストレスをうむのでNG。逆に、UI/グラフィックを頑張ってても、上流の秩序が破綻していれば伝えるべき情報にロスがでるからNG、とか。
進行管理でもストレスもロスも減らすにはプロセスの体系化と共有がうんたら、とか。
きっとこれは、突出したグラフィックを産み出せないのがストレスになってた自分が無意識に探してきた生き残りの道。設計段階の"べき論"を踏襲してグラフィックの仕上がりの平均点を上げようとか、仕上げに体力を割けるようにその他のプロセスのストレスは可能なかぎり圧縮しようとか。
そうやって精度の高い仕上がりにできるだけ近道でたどりついて、最終的な費用対効果がよいことを自分のウリにできるようになること。これは現実的な目標。これくらいは目指せるでしょきっと。
現状は精度とか近道とか以前に、最低限の基準と+αが満たせるようになりたくてあがいてる毎日だけどね。
努力したところで必ず突出できるものじゃない。でも突出してなきゃ生き残れない世界でもない。最低限のモノを産み出せるならそこそこの需要はあるさ。とはいえ最低限しか必要ないモノなんて自分がやる意味は無いからおもしろくない。おもしろくなきゃ明日を生きてく原動力にならない。明日を楽しく生きたけりゃ、自分がやる意味を見いだせる程度の+αは満たせないと、とか。
...ああ、こうやって逃げ場の無い目標をおったてて危機感あおって追い込まないと、ひねもす何の行動も起こさず野垂れ死にしてくだろう自分がここにいる。それこそ飯も食おうともしないまま。
それもまたいとおかしとか、identityとか無いし何それおいしいのなんてうそぶきつつ、その実はidentity crisisとのせめぎ合いだったり;
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分け合うとふえるもの:
- 2009年4月22日 20:52
- ツブヤキ
人と分かち合うと減るもの: かなしみ
人と分かち合うと増えるもの: しあわせ
独りで楽しむのはうまいよね。
独りでいても大して退屈してないし。
けど楽しみを分かち合うのはへたくそだね。
楽しい場の中でも隅っこで、ひとりでにこにこ楽しそうにしてるし。
きみはそれでじゅうぶん満足してるだろうけど、
ちょっと背伸びをすれば、人にも分けてあげられるくらい楽しめるよ。
しあわせってのはそうやってわけあって殖やしていくんだよ。
…
…まあ多分どっかからの引用。
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裾野を広げるために肩書きを細分化するとか
- 2009年3月28日 14:56
- ツブヤキ
混沌とした体制の中で役割分担が曖昧な状態だと、分野として特化しづらい...つまり発展しづらいんじゃね? とおもう。
勤め先の各部署のWeb係が寄せ集まってWeb担部署が出来上がって。
最初は誰が何を担当するとかでもなく余力のあるやつが転がってる仕事をこなしていく感じだったのが、そのうち各個人が興味のある分野に注力していくうちに得意分野ができてきて。じゃこの辺の仕事はこいつに特化してやらせようぜっていう流れができてきて。やがてそれぞれ分野の経験則が整理されてきて、互いに共有できるか新入りに伝授できる程度になってきて。
上司が指揮した訳でなく実に自然な流れでこうなってきたんだけれど、これが個人全方向守備のままだと、経験則の整理がアマいなあというか。新入りに伝えづらいんだよね。
「誰に聞いても微妙に違うことを言うんだけどどうせいっちゅうんだ!」となる。
自分にとってIAだのUXだの非常に興味があるのだけど、いまの立ち位置からだとこういった混沌の向こうで高度なやり取りがされているように見えて、とっつきどころがないんだよねぇ。ものすごく面白そうなあの渦の向こうに手っ取り早く入るにはどっから潜り込めばいいんだ?という戸惑い。
それはまだまだ開拓中の"枯れてない"分野だろうから当然なのだけど。
分野の重要性を一般に認知させるには、自分みたいなレベルが抵抗なく入り込める程度に裾野を広げにゃなるまいと。そのためには、経験則を整理して伝授できる程度に"枯れてきた"ところを、混沌の外に出してやらにゃなるまいと。
そのためには分野の細分化とか肩書きの細分化ってアリだとおもうのです。やってる事とか中の人とかがかぶってようがわりとどうだって良くて、裾野を広げるためのわかりやすい入り口としての細分化、とか。
いち外野の意見ですが、どうかしらん。
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大きな力をつくりだすなら価値観の近い相手と組もう
- 2009年3月12日 07:05
- ツブヤキ
均質なものを作るなら、異なった価値観の相手と組もう。
大きなムーブメントにするなら、価値観の近い相手と組もう。
それは波のようなもので、
様々な周期の波が集まると幅広く均一のさざ波になっていく。
時によって波をお互いに打ち消し合う事もあるだろう。
同じ周期の波が集まると、増幅して大きな波になってゆく。
そしてそれは周りを巻き込むほどの大きな力を生んでゆく。
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プログラム開発手法とプロジェクト管理手法はちがうわな
前回のエントリで、開発手法がどうという話じゃないのになんでそんな絡みかたになったかというと、まったくの別件で買ったとある開発系の本が「アジャイルマンセー!ウォーターフォールは前時代の遺物!」な主張が端々に現れてて、読んでてノれなかったのがまざってるんだ。
的を射ない要望に対して、ぐだぐだ説明するより動くもん見せちまった方が早いぜ、っていうのは開発者じゃなくても普通にある状況で、事実だと思うんすよね。
けれど、そもそも顧客側(発注側というべきかも)の社内調整ってのは企画立案>承認>>予算提出>承認>>っていうウォーターフォールで進んでる。ぐたぐたいわんと予算よこせってのは当然通用しないし、企画も納期もそうそう手戻りできないんすよ。
なのに、いざ制作段階に入った途端「あじゃいる」とかいわれてもね。開発・実装段階でやるならともかく、設計段階いきなりすっ飛ばしたあげく「手戻り上等ですが予算も納期も手戻りしますよ」じゃそら調子狂うですよ。何か一歩忘れてませんかとか。
さらに、対面のMTGが月イチ×2時間しかないうえ発注受注双方が専任じゃないプロジェクトで、どうやって小刻みなフィードバックフローつくるんすかとか。
正確な定義はよくわかんないけど、こういった発注側との環境と無関係に効率を上げられる開発手法ではないようにみえるのに、単純にマンセーいわれてもなぁ、とノれなかったわけ。
そのノれない違和感がわれながら解せなかったのだけど、つまり開発手法はプログラム開発の手法であって、プロジェクト管理手法と混同しとったからかもしれん。
自分も区別ついてなかったけど、設計段階飛ばしちゃうSEの人はそのへんどうなんすかね。
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アジャイルだウォーターフォールだいう前にさぁ
もうさあ。
アジャイルだかウォーターフォールだかどうでもいいよ。
どっちでもいいから、ともかくまずは顧客の要望をきちんとほじくりだして並べてみせてくれよ。
通り一遍のヒアリングでいきなり開発し始めておいて、そうじゃなくてこんなのがいいって指摘したら、仕様変更です直せるけど納期に影響が出ますって。それがアジャイルとかいう手法なのかい?
顧客の出した要望は開発側でまとめてくれよ。顧客が自分でまとめた要望なんて穴だらけなんだよ。
この要望でどんなものが出来上がるのか、開発側は頭ん中にすぐに組み立てられるだろうさ。けど顧客側にはわかんないんだよ? どんなものが出来上がるのか想像もつかないのに、最初から満足な量の要望なんて出し切れないんだよ?
要望を仕様書としてまとめる代わりに、いわゆる「最低限を満たして動くもの」をもってきたとしよう。それに誘引されて顧客側の頭のなかに「どんなものを作るべきなのか」が見えてくるよね。でもそこで「こうじゃなくてこんなのがいい」ってつたえたら「できるけど費用と納期に影響が出ます」って。それはあんまりだよ。もう予算とってプロジェクト走り始めてるんだよ?
そんなのは開発手法以前の問題だよね? 企画意図の共有ができてないなんて開発以前のヒアリング能力の問題だよね?
作らせる側と作る側でどんなものをつくるのか共有できてなくてどうして真っ当なものができあがるんだ?
そもそも作らせる側がどんなものを作ればいいかわかってなくてどうして真っ当なものができあがるんだ?
ヒアリングは開発側が必要な材料を掘り出すためだけにあるものじゃないんだよ?
顧客側だってちゃぶ台ひっくり返すのはごめんなんだよ。
だからどんなのが出来上がるのか、ちゃぶ台に並べる前に教えてくれよ。
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1ハードルこえてまた1ハードル
さて今の面子で運営をまわして1年程度たちます。
だんだんそれぞれの得意分野が決まってきて、それなりの熱意で運営をこなすようになっていて。
オーナーからエンドユーザまで接している、姉貴分にあたるとなりのプロジェクトにはまだまだかなわないなあとか。
足りなかったり、偏ってたりはするけれど、それなりにみんなすげー頑張ってるなとか。サイト運営のなんたるかを知る今日この頃です。
こうなるとだいたい、そろそろ自分いらないんじゃね? という思いと同時に、穴探しをする性がありまして。
アラじゃないです。みんなが気づいていない、踏み荒らされていない部分に気がいってしまうのです。
例えばこの特集コンテンツの目次ページににバナー出してよとか、そのときこの写真じゃなきゃやだとかいうやりとりに、そんな小手先よりもまずユーザシナリオに基づいたコンテンツ設計がなってないだろとかに気がいく。一昨年のサイトリニューアルプロジェクトのときにみんな体験しているはずなのに、すっかり忘れてミテクレだけのコンテンツ管理でとどまってるのはどういうことだとか。
口だけでお小言言うのは自分でも気分悪いので、身を以て代案出そうとするのだけど、 見よう見まねで手探りなんで時間がかかりすぎて、結局コストパフォーマンスは悪くなってしまう。小手先でも充分そこそこの効果出てしまうので、大枠で再構成するような手間かけたところで説得力が弱いんだね。
まだまだこの会社のいいところってほんとに大きいものがあるのに、通り一遍の小手先じゃ表現しきれないのにとか、ミテクレいじるだけの運用じゃなくもっとAIDMAのAから考えてプロモーション組んでいこうよとか。
そんな思いを抱きつつ振り返って我が身を見れば、小手先の運営すらまともにできていないという自責の念にさいなまれ。
うーん...頑張りどころがつかめません。(´•ω•`)
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情報とノイズは紙一重...
- 2008年12月18日 21:47
- ツブヤキ
情報は、求めてる人に届いてこそ情報。
求めてない人にとっては迷惑なノイズ。
そんなあったり前のことを気づこうともしないで、独善的なナニかを垂れ流して仕事したつもりになっていませんか?
それが仕事じゃないのなら、どうぞお好きにやんなさい。
でもあなたがいま手にしているそれは仕事です。
あなたの作品ではありません。
あなたの価値を会社に証明するためにやるのではありません。
あなたの給料でやるのでもありません。
あなたが発信したいからではなく、誰かが求めているからやるのです。
あなたが発信した時点では価値はなく、求めている誰かの元に届いて活用されてはじめて価値がうまれるのです。
そして、誰かのもとでうまれた価値が会社の利益になってはじめてあなたが対価を得るのです。
自分以外の誰かのための情報がノイズとなってあふれ、自分のための情報にたどり着くのもままならない時勢だというのに、あなたがやろうとしていることはそのノイズをさらに増やすことにすぎません。
そんなつもりはないというのならなぜ、その誰かがどこにいるのかを探そうとしないのですか?
その誰かがどんなきっかけを待っているのか探ろうとはしないのですか?
あなたが都合良いように想像したものわかりのいい誰かが、一人残らず聞き耳たててこちらを凝視していると思っていませんか?
多からずそういった誰かは確かにいるでしょう。
ですがそこで得られた利益はあなたこそが生み出せた対価といえますか?
前任者が築いてきた信用の利子ではありませんか?
…………
いやさ、脳内ではなんとでもいえるのヨ。脳内ではね…
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他の人に伝えたい何かがあってこそのグラフィックデザイン
- 2008年12月 7日 15:30
- ツブヤキ
「個性なんていらない」でとりあげてた「個性」って結局、視覚表現における特異性 でしかないんだね。
視覚表現つまりグラフィックデザインの基には伝えたい何かが必ずあるのであって、そもそも伝えたいものが希薄じゃ表現しようもねぇよな。
希薄なものをいかに上げ底するかがグラフィックデザインの腕ってこと?
伝えたいものに自分が共鳴できない限り、増幅して上げ底なんてできねぇな。
ということはどんなちっぽけなものにでも共鳴して増幅できるのが、優秀なグラフィックデザイナーなんだろうな。
共鳴できたところで、自分なりの表現をねらい過ぎて他人に難解になったとか、そんなグラフィックに存在価値ねぇよな。
重要なのは、他人に直感的に伝わるかとか、新鮮と思える切り口で他人の気を引くかとかであって、自分にしか出来ない特異性つまりオリジナリティつまり「個性」じゃない。
そこがわかってなかったんだな、グラフィックデザインにいる時は。
や、商業デザインは自分の作品を作る場じゃないってのはわかってたけど、センスよく修飾する程度の認識しかなくて、伝えるためのデザインってのが希薄だったね。
でも自分だけじゃないね、これ。
周辺みまわすと、"デザイン"かじった気になってる奴に多いよ。作るほうも作らせるほうも。
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とあるWebMasterのつぶやき
コーポレートサイトのWebmasterとして(自分に該当するか疑問もあるが、都合上いいきっておく)使命は単に問い合せメールを増やすことではないはずだ。メール件数の増加は成果測定項目の一つであって、目的ではない。
コーポレートサイトは当社の特色を認知させるための媒体であって、当社が扱っている商品の販売を主目的にするべきじゃない。
そもそもこの会社はメーカーではないから、主力事業には当社製品はない。
けれど主力事業で扱ってる商品には特徴があって、どうやらニッチなもので競合他社は多くはないし、シェア上位も握ってる。この分野を求めるとこの会社は高い確率でからんでくる。
扱ってる商品の特色はあるのに、会社の特色が知られてないから、この会社のサービスを選ぶ必然性ってのが感じられてない。商品買おうと思ったらたまたまこの会社だった、ってこと。あまりにももったいなすぎる。
対象の顧客層・社是ともに、打ち出すに値するじゅうぶんな特色を持ってるのに。
主力商品を提供する必然性をたかめる、じゅうぶんな特色なのに。
既存顧客には一応認知されてるのに、それ以外への認知が薄い。薄いというより広めてない。
そんなんでどうやってこの先の顧客数広げろって? 消耗品じゃないから商品サイクル長いのに。
そこを広めることを、コーポレートサイトでやらなくてどこでやるんだ?
この会社にとって唯一の、会社全体を広報できる媒体なのに。
会社のサービスこそを売り込むのがコーポレートサイトであって、商品ばかりを売り込む場じゃないよ?
特色ある事業の紹介をもって会社のブランディングをはかるのが、コーポレートサイトの役割で、
会社のブランドを基に商品を売ってくのは、別のサービスサイトにするべきじゃないのか?そういうサービスサイトは別に持ってるじゃないか。
そういった戦略を打ち出すことこそ、企業内Web部署がやるべきことじゃないの。
経営層に媒体特性を理解させ、戦略を承認させるのが部署責任者の仕事なんじゃないの。
ビジョンも無しに問い合せメール数ばかり追っかけるような業務の繰り返しでは、早晩先細りだよ。
...で、自分はどこまで出来るわけ?
ご大層な御託をぶてる実績のない自分にさ。
この先どう頑張っても、いんたーねっとに妙に明るい小器用な奴としか評価され得ない自分にさ。
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せいいっぱいの怠け者
- 2008年11月28日 20:41
- ツブヤキ
そこそこ手の届く範囲で、そこそことりくんで、そこそこのものを仕上げて、そこそこの成果が出て。
楽してるようだが、ふと気がついたらそれの繰り返しでせいいっぱいになってる。でも達成感はそこそこでしかない。
これじゃ損した気分にならないか?
せいいっぱい背伸びして、せいいっぱいとりくんで、せいいっぱいのものを仕上げて、せいいっぱいの成果出して。
どっちみちせいいっぱいだけど、達成感はありったけ得られる。
得した気分じゃね?
分かれ目は、せいいっぱいの成果となるかどうか。
だから、せいいっぱいの成果が出るように、せいいっぱい狙いを澄ますんだ。
途中で燃えつきちまって続きっこないようにもおもえるが、せいいっぱいとりくめる環境をつくることが重要だとおもってる。
そしてあくまでもせいいっぱいであって、無理する訳じゃない。
こう思う自分は、ずく無しの怠けもんだと思うよ。極力無駄なあがきをせずに最大限においしい思いがしたいんだから。でも、誰だってそうだろ?
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ALT属性のはなし
まったく、制作知識を半端にかじってるクライアントなんてろくなもんじゃない。
Web標準はおろかHTMLもきちんと学んだふうでもないのに、alt=" "ってのには必ずなんらかの語句を入れなきゃいけないなんて妙な勘違いして、ページデザイン上の単なる飾りでしかないお花畑の写真にまでALT="お花畑"とかいれろとか指示入れる。そんな迷信どこで吹き込まれたんだか知らないが、もうアホかとバカかとうんざりですよ。
そのaltテキストは誰のために入れてるんですか?
検索エンジンが拾うから必要だって? んじゃこのページは何について書かれたページなんですか? 花ですか? 違うでしょ? ただ単に女性的で華やかな見てくれにするために使っただけで、コンテンツに関連性はまるで無いですよ?
百万が一"お花畑"ってキーワードでランディングされたとして、その人が求めてるお花畑の情報はここには皆無ですよ? せいぜい画像をお持ち帰りされてサヨウナラがいいとこで、コンバージョンどころか2度と来ることはありませんよ?
画像の読み込みを切っている人のために必要だって? よけいな装飾は不必要だから画像を読み込まないようにしてるのに、「視覚的都合で」配置したお花畑の写真の存在など説明する必要がどこにあるんです? ご丁寧に"お花畑"っていれたところで、せいぜい'どうやらここに埋まっている絵は本文とは関連がないらしい'って判断の材料にする程度。そんならalt="イメージ画像"ってしといたほうが関連があるのか無いのか考えなくて済む分、まだアリガタイですよ? つまりは無視してくれていっこうにかまわないものなんだから、alt=" "の中身が空であることに何の問題も無いでしょ?
それよりスクリーンリーダーはご存知ですか? スクリーンリーダーでサイトの情報を得ている人にとって、ろくでもないaltはノイズ以外の何物でもないです。いかに数が少なかろうと、このサイトのコンテンツを目的として訪れてるお客さんです。"お花畑"なんてキーワードでランディングする人よりずっとお客さんですよ? そんな人にわざわざ邪魔な雑音をご提供申し上げてるのに気付かないんですかね。
我々なんかよりずっとしっかりとスタンダードなコーディングを身につけたそれこそ数年先行ってる専門家の仕事を、さびついた迷信で足引っ張ってる暇があったら、誰がほんとの客で何を求めてるのかをしっかり見定めろっての。それこそが我々がすべき仕事だっての。
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駄エントリもブログの華
- 2008年10月10日 20:39
- ツブヤキ
枯れ木も山の賑わい。
さて億ションなんて俗称も陳腐になって久しい今日この頃、
とある都心の新築分譲マンションの販売サイトが制作されつつありまして、その検証をした訳なんですが。
資料請求フォームの入力欄に、購入予算てのがプルダウンメニューでありまして、そこの下限が
4億5千万 。
下限がです。
下限がです。
で、ご職業って欄もありまして、そこの選択肢に
会社員 が 無い。
会社役員とか、弁護士 とかあるんですけど、
会社員 が 無い。
無職とかもあるんですけど、
会社員 が 無い。
…
前回の物件の時は、下限2億とかで、職業に会社員て選択肢もあったんだけどねー
…
さすがにうほーと思いつつ、ふと現サイトに目を戻すと
築4年中古で10億円てのが載ってました。
床面積としては前者の新築分譲とさほど大きく変わらないんで、あの「予算」欄の価格感でいくなら、お買い得なんではないかと;)(価格はまだ決まってない)
今までのマンションの最高分譲価格ってドムス某の二十ン億だか三十ン億なのかな? それは突き抜けすぎてて実感湧かない。価格より管理費月額33万+他諸費用ン万ってほうがたまげますた。
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個性なんていらない
- 2008年9月 8日 13:05
- ツブヤキ
# ブログの更新とかもろもろほったらかして、MT4.2のテンプレートと格闘中。
# はじめはスタイルシートの整備だけのつもりだったのに、ローカルのMacOSX LeopardにMTテスト環境をつくろうとしてDBD::mysqlのインストールにとっぷりはまるは、ようやく乗り越えたらつぎはテンプレートを1から組み直してみるは。
# で十中八九、一通り要領を得たらまた1からやり直すってのが癖で...
# ゴールは遠い。
このブログの、ブログの説明としてタイトルの下に入れている一文「個性なんていらない。」は、たぶんもう15年以上昔にどこかの雑誌かエッセイの片隅に書かれてた「個性ってのは無理矢理主張するもんじゃなく、一生懸命隠そうとしてもどうしてもにじみ出てしまうもの」
という下りから来ている。
発言の主は長沢節だったかな...ものすごくうろ覚えなので違っているかもしれないけれど。
デザイナーは個性が第一といった風潮に疑問も抱かず飲み込まれ、ともかく新しい自分・人と違った何かを確立しなきゃいけないとあがいてた学生時代。ふと振り返ると、入学したての頃に作ったモノのほうが勢いがあって新鮮さを感じた。
所詮こんなちっぽけなモノサシの中で下心ありありであがいたところで、掴んだつもりの個性なんて付け焼き刃にすぎないんじゃねーの。そんな風に薄々感じ始めてた時に目にしたこの一文は、我ながら珍しく、今までずっとこびりついてる。
結局、損得抜きで情熱注いだ...魂こめられたモノの蓄積から醸し出されるものこそが、個性ってもんじゃねーの。突き詰めてしまえばそこに自分の名前があろうがなかろうが知ったこっちゃなくて、込めたタマシイさえ誰かに伝わりゃいいんじゃねーの。そう思うに至り。
故にもう、自分に個性なんぞ要らんのです。魂込められるモノがありゃいいんです。
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なんで小手先のミテクレから入るんだろ?
なんで小手先のグラフィックから入るんだろ?
何を伝えてどんなアクションをとらせたいのか、目的意識が薄いのかな?
情報構造とか細部の統一性が破綻してるのに、
全体の色使いが強弱ついてて目を引くってだけで印象が良かったり
ちょっとこぎれいな写真が大きめにはいってるだけで点数高かったり
しかも被写体がかわいい女の子だとさらに3割増だったり
くっきり目立たせなきゃいけないCVボタンが背景と同系色になってるのに、
「こっちのほうがバランスよくなじんで綺麗ですね」とかいってたり
逆に目立たせちゃいけない添え物バナーをエンドレスリピートさせてよろこんだり
雑誌やパンフレットと違ってコンテンツとしての連続性が薄いんだから、
一つのページを一つの目的に特化して完結させるのがメッセージ伝達効率高いんだって
カンでも解ったりしてくんないのかな。
やっぱり伝えたいメッセージが明確にないから「何となく」がまかり通っちゃうのかな。
情報構造をしっかり組み立てて作ってても、グラフィックパーツがありきたりだと
「なんか解りやすいですね」以上の評価がされにくいのが歯がゆいな。
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アタリマエを洗い直すと新しい発見があるんだね
- 2008年8月 2日 16:18
- ツブヤキ
Webサイトでも紙媒体でも、グラフィックの構成やパーツのビジュアルを練っている時に、「現実世界に喩えると何?」を暗に考えてることに気がついた。
「このタイトル画像は売り場でいえば生鮮コーナーにある看板。」とか「ここのカットイラストは試食販売やってるおねーさん。」とか。
話の理解を深めるためにたとえ話を用いるように、言葉じゃなくても比喩はじゅうぶんに有効な手段。 Webサイトにしても、クリックさせるための画像を「ボタン」と呼ぶのが普通に通用するのだから、世間的にごくごくアタリマエのことではある。
しかしふとしたきっかけで、あらゆる場面で無意識にこういった切り口で考えている自分に気がついた。これをふまえて、以下のように自分の中に明示的に再定義しちまえと考えた次第。
- まず、ビジュアルに限らず何か企画の素案をふくらます時でも、「喩えるならば何?」を10個あげてみろ! を自分に課してみるべし。
- そしてそこで止めずに、10個出されたたとえ話の共通点を探って、よりコトの源流に迫ってみるべし。
- そこから、ありきたりじゃないけど突飛でもない、新鮮な切り口を探ってみるべし。
そしてここで気がつくことが一つ。この思考回路の一つ一つは、普段の自分でもアタリマエにやってることだ。喩えてみるとか、コトの源流を探るとか。
それを結びつけて流れを明示的に作ることで、隠れてた"自分流"が見つかりそうだ。あいまいだった"自分流"に迷いがなくなれば、行動に勢いがつく。
迷いに迷って勢いがなくなってる自分にとっては、明るい発見。
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走りながら考える
- 2008年7月20日 16:15
- ツブヤキ
記事のカテゴリが邪魔になってきた。
ブログの記事一個も書かないうちから決めたカテゴリってのは、早々ズレてくモンだな。
そこそこ数も溜ってきたし、内容にそってブログごと再構築するか。つまりはこういうのが、目標も曖昧なまま走り出したあと、走ってくうちに何とかするって奴だな。
きっと、こういった前がよく見えない走り出しの時は、軌道修正のタイミングを頻繁かつ定期的に設けるべきなんだろうて。そういった状況を数こなしてきゃ慣れてカンどころってのを掴んでくるんだろうね。
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ゴタクはともかく走れって?
- 2008年7月19日 16:55
- ツブヤキ
ううう、成果が出ない。
畳み掛けるようにマイナスの状況が押し寄せてくる...。
かなり自信喪失中。
やっぱりAll or Nothing な思考がいけないのか?
結局そもそも論をクダまくことしかできない無能なのか?
All or Nothing ではあるが、マイナス思考ではない。
ゴールが見えさえすれば遠回りしてでも前進はさせる。
でも、ゴールが定まってないと走れないってのはある。
前が見えなくともとにかく闇雲にでも走り出すべきで、途中で何度でも180度回転できるくらいの柔軟さがあればいいのか?
きっとそういう奴のほうが、ビジネスに向いてるんだろうさ。無駄もするけど稼ぎもするんだろうさ。
遠回りできるだけの柔軟さはもっているから、そもそも論に反してて道のりが見つけられなくても、途中で180度回転できるだけのバッファを見越して走り出せばいいってことか?
とすると、結果的に2倍3倍走ることになったとしても、走り続ける体力が重要ということになる...
...うーん、根性論だな。
体力がないからこそ明日の楽のために今日夜なべでシコミをしとく、ってタチの自分にゃついていけんわ。
どうしたもんかねー。環境によるのか?
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「そもそも論」ってそもそも
- 2008年7月 9日 20:54
- ツブヤキ
一ついえることは、そもそも論は言い出しっぺが形にしていく責務を負ってるってことかな。
そもそも論が身に沁みたなんてことは誰にでも幾らでもあるわけで、そもそも特定人数にしか理解されないなんてそりゃそもそも論ではなく独論だわな。
すなわちそもそも論自体は普遍的なものであって、切り口に触れるきっかけさえあれば誰にでもぶち上げられるものでしょうよと。それこそ居酒屋の片隅とかでな。
ご立派なそもそも論をぶったところで、重要なのはそれをどう具現化するかだな。でなきゃそれこそ絵に描いた餅。「論」なんていってるうちは絵(ビジョン)でもないからそれ以下か。
いざ取り組もうとしても、たいてい力不足で入り口数歩で果てて、思い通りにならない現実に向かって文句いいながら結局は現状維持っていう。そのうち諦めて、世の中を俯瞰しないのを既定路線にしちゃったり。
根本的でご立派であるほど、壮大で具現化が難しかったりしそうだしな。
ここら辺がデキる人とデキない人の差は何だろ? どうすればデキるようになるだろ?
自分に手の届く程度のサイズのタスクにまで細分化するのがいいのかな?
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Webってそもそも
- 2008年7月 6日 17:19
- ツブヤキ
7/5(土)、SwapSkillsの BA森田氏のセッションに行ってきましたよ。
この春あたりからプロマネのネタをずっと狙ってた中、ましてや森田氏とあって、待ってましたとばかりに告知が来て早々にぽちったもんです。
感想を一言で表すならば、やっぱセミナーっていいよなぁと。 同じ話を本で読むのと直に目の前で聞くのとじゃササりかたが違う。
実際のガントチャート表示しながらの話があったので、これまでどこぞのプロマネの本読んでて掴めなかった「まいるすとーんてなんやねん、くりてぃかるぱすってどないしてみつけるねん」てのにとっかかりがついた。
# とっかかりがついただけなんで、ちゃんとおさらいしないとまだ人に説明出来まへん :p
しかしそれはさておき、本題に入る前にWebとはなんぞやっていうそもそも論をされ。ここが共有出来てないとプロジェクトはうまく回らないよって話をされ。
ここで、ステージが違うことに打ちのめされがっくりしてしまい。
それは自分の認識との差では決してなく、このそもそも論が通用しない現実の環境とのギャップ。 最近の自分の焦りの根幹の一つに光を当てられちまった。
Web屋からすると、しょっぱなのそもそも論で「プロっぽく打ちのめして(森田氏の弁)」信用をがっちり勝ち取れなきゃ負け。
つまりクライアントからすると、相手のそもそも論を信用できなきゃ負け。ここが傷なんだ。
制作側は、発注側から提示された予算でどの程度の作業ができるか見積るよね。
だけど発注側は、この予算でどのくらいの実利を得られるか、出せないんだよね。
どんなに頑張っても所詮獲らタヌで、前例がなかったり実利が見えにくいものであれば尚更。だからWeb屋のそもそも論を信用するしかないんだ。
そして予算が多いと、それは信用じゃなくて心中になる。
で、社内的には、Web屋のそもそも論はつまり我々Web担当のお題目。社内の信用を勝ち取れなきゃ負け。
今はここに短期間じゃ超えられない壁がある。パソコン慣れしてるからってだけで寄せ集められた下っ端が束になってお題目唱えたところで、どんな社内的信用があるってんだ?
だからパートナーに選んだWeb屋はそもそも論の伝道師として実績は充分だったよ。社内もそれを信用したように見えたのに「大風呂敷広げておいて結局足下みてぼったくってんだろ」てのが頭にこびりついてるヤツがいたおかげで、プロジェクト中盤でいきなり頓挫して崖っぷちに立たされた。
なんとか引き戻してプロジェクトは一段落つけたけれど、今もって問題の根源は解消されてない。
きっとどんな立派なそもそも論であろうと、ともに心中する度胸がないんだろう。まあそれも一つの道だろうから否定はしないが、ならば大規模なプロジェクトなんて起こさせないように、Webに過剰な夢など持つなと逆に布教する責務を負うと思うがね。
こんな環境では、まっしぐらになれる仕事にありつける日は再びこないんじゃないかというのが、最近の焦りなわけで...
で、そのそもそも論がなにかというと、
Webは単なるテクノロジーの結露ってだけなんかじゃなくて、人同士の接点の潤滑油のひとつなんだってこと。その潤滑油をケチると、いくら崇高な理念を伝えたくても劣化してしか伝わらないよって話さ。
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デザインの検討履歴は逐一残そう
- 2008年6月17日 23:40
- ツブヤキ
プレゼン資料とかサイトの記事とかに入れる、ちょっとしたイラストやチャート図などなんかを作るとき、どうも散々あーでもないこーでもないをして時間を浪費してしまう。
完成度にこだわる性分なので、一つのものをこねくり回して会心の一撃ってのを生み出さんと探し求めてしまうんだね。
我ながらこれ、よろしくないと思っている。
あーでもないこーでもないをするのが悪いのではなく、その過程を残さないのが悪い。
例えば「ここに円のモチーフを使ってるけど、四角のほうがよさそうかも」なんてのをやるとき、円のヤツをちゃらっといじって四角にしてみてしまう。円のヤツが残らない。
残さなきゃ駄目なんだ。
円のヤツはとっといて、複製したヤツで四角のパターンを作る。
四角のヤツを複製して、フォントを変えてみる。
それをまた複製して、線の幅を変えてみる。
それをまた複製して...。
そして行き詰まったところで、誰かにこれを全部見せて反応を見る。
自分がいいと思うか思わないかを問わず、ありきたりだろうが奇抜だろうが、ともかくあらゆるパターンをひねり出してまず視覚化するって訓練が必要だと思うんだ。この時点で完成度は気にすべきじゃない。
せいぜい、人に見せて意図が伝わる程度の荒さでいいんだ。
これが出来るようになったら、時間あたりのアウトプットが増えたような気になれるんじゃないかな!
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そのうち成果上げるために血眼にならないといけなくなる
- 2008年6月 9日 19:31
- ツブヤキ
「我々なら成果を上げられると睨んだものだけお受けします、それ以外はお断りしています。
ただしそれは、容易く成果が約束されたものだけしか受けないこととは違います」ー
2年程度前に耳にした、そんな口上を思い返して身に沁みているところ。
そういったパートナーを選んだにも関わらず、我々の業務は相変わらずリクエストメールの数だけ追っかけるコーポレートサイトのお守りでしかない。
なぜさ?
我々が、コーポレートサイトの模様替えという頭しか持っていないからさ。
結局、クライアントが本気になんなきゃWebをビジネスになんて出来っこ無いんだよ。
どんな実績のあるコンサルがつこうが、自らが事業として伸ばしていく気概がなきゃ、この先のWebになんてついていけやしないんだ。
ただアリバイとしてコーポレートサイトの体裁整えただけで満足していては、いずれ頭打ちとなって伸び悩むのが目に見えている。躍起になって検索エンジンのケツ追っかけたところで、そんなチンケな伸びシロは早晩喰い尽くしちまうんだ。
それを見据えて、会社の事業をどうWebに活かしていくかを考えてこそ企業のWeb部署であるはず。ややもすると、社内起業とも言えるんじゃないのか。
とあるWeb屋さんが言うことにゃ、最近クライアントの担当者の名刺の肩書きに、経営企画室などが増えて来たそうだ。一昔前はシステム部門だったり、半昔前は広報だったりしたけれど、と。
役員クラスにはそういった発想を持ってる人も居る。 特に、攻めの営業で力をつけて来た人なんかは、さすがにいい嗅覚を持ってる。そういった人が起ち上げて指導した隣のプロジェクトは、人材に恵まれたこともあって、筋のあるいいサイトに育って重要なノウハウを蓄積してくれた。
ではなぜ、我々の現状はコーポレートサイトのお守りに終始してるんだ? 非営業部署が管轄してるからか? 入社以来20年以上ずっと営業と縁のない、PC操作が器用な事務畑の人間がリーダーとしてあてがわれてしまったからか?
人のせいにするのは柄じゃない。けれど、20年間社内で信用を積み重ねて来た人を、数年前まで根無し草だった外様の自分が踏み越えていけるほど柔軟で無体な組織ではないのが現実。
模様替えも完全には終わっていない中で、まだ気が早いかも知れないが、経営的観念から離れた、サイトのお守りで満足している組織のままでは、この先上げられる成果はそう大きくは育たない。それが見えてしまっている今、見限って新たな可能性にかけるべきなのかー
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文句言わずに済むなら、それに越したこたないが
- 2008年6月 5日 20:27
- ツブヤキ
口だけは出すのに、自らで何も生み出せない奴は、信用されないのは当然の話。
しかし...口も出すが、自ら生み出す力もある、そんな奴が評価される、とも限らないってのがこれまた。
環境次第というのが現実で、評価される事もあれば、出る杭は打たれる事もある。
つまりは口も出さずに、気がついたら外堀埋めてる奴がなにげに強いってことか?
いや実際、外堀埋めて居場所創っていける環境もしくは実力に恵まれてるんなら、減らず口も叩かんと黙々と粛々と創りますけどね。それがかなわんとなると、やはり文句も出るというもの。
今の環境では、文句を言わずに粛々と外堀埋めるには、もっとマッチョでなくては駄目だな。近頃あきらかに文句が増えて来た。このまま文句いいつつ堪えて鍛えるか、もちょっとハードルが低いとこを探すか?
逆に、文句ばかり言う奴ってのは、何も出来ない、環境に対して受け身でしかないから文句言うわけか。赤子が泣くようなものだ。いいトシになってもおぎゃあとしか云えんとは、不幸なことだね。
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コミュニケーションがたりない
- 2008年5月25日 16:16
- ツブヤキ
コンテンツをつくる際の制作側とのミーティングって、多くて週一回とか、隔週とかでもうけているけれど、これだけじゃコミュニケーションがたりない。全然足りない。
ほかには電話とかメーリングリストとかあるんだけど、やっぱりそれじゃ足りない。
特にメーリングリストなんて大勢が見てるし、そもそも準ビジネス文書ととられるからやけにしゃっちょこばったことしか書けなくて、もう窮屈ったらないわけ。
それは単純にもっとミーティング増やせよで終わる話ではない。
発注側と制作側っていう、金出す側と受け取る側っていう立場にヒエラルキーを勘違いしないで、もっと一緒になってサービスを練り上げていくっていう一体感がほしいんだよね。
腹割ってアイデア出し合って、遠慮なく意見ぶつけ合って、厳しくダメだししてもモチベーション下がらないような。
Webの特性知らんクラ側が閉じた世界で考えたものを、クラの事業詳細を知らん制作側がつくりやすいようにつくる、そんな線引きがあっちゃいいものつくれる訳ない。やっぱり共に泥だらけになるくらいの勢いがないと、題材を活かしきれずに不完全燃焼した半端なサイトになるんじゃないかと思うわけで。
予算規模のちっさい案件では制作側がそんな体力を割けないって現実はある。しかしその分ステークホルダーが少ないので、打ち解けた雰囲気をつくるのは難しくない。
ある程度予算の採れる案件だと、そういった事業パートナーとしてやってくのがポリシーですって相手も選べるのだけど...そういう案件はステークホルダーが多すぎて、自分の立ち回りだけじゃどうにもならない...。
実際のところ、自分のチーム内でさえ波長を合わせるのに苦労してる自分がいる訳で...自分が非力なのか、状況がちょっと難しいのか、ただの考え過ぎなのか...。
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会社に寄生してるんですか?
- 2008年5月23日 23:47
- ツブヤキ
「会社が人を雇うにも金かかってるんだし、あんまりすぐ辞めるってのどうかと思うんだよね。」
「お前にとって一番の客は誰だ? 社長だろ? 給料くれるのは会社なんだぞ。」
君は成果を上げていないんですか?
君の仕事は対価を生んでいないのですか?
君の手で価値あるものを作り出す自信が無いのですか?
君の手によって会社の発展を支えているのではないのですか?
君は会社に寄生してるんですか?
そうでないならなぜそんなに組織に対して卑屈なのですか?
社長や社員を養ってるのは俺だとぐらい言いたいと思わないのですか?
魂ありますか?
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目の前の一万円と、一週間後の一万二千円
- 2008年5月20日 08:18
- ツブヤキ
目の前の一万円と、一週間後の一万二千円では、どちらをとるか? と聞かれて、一週間後と即答した。
けど撤回!
目の前の一万円をとって、それを元手にして一週間後に一万五千円に殖やせばいいじゃん。一週間後の一万二千円は、それ以上にはならない!
てな心意気で、今は八千円を受け取りながら、いつか一万五千円を生み出せるようになるべく修行すっぺ。
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仕事の出来る出来ないより...
- 2008年5月15日 06:41
- ツブヤキ
仕事の出来る出来ないより、まず社会人として真っ当であるかどうかの方を重視します、だそうです。
はい、自分は落第生決定。いやもう、及第点とろうとも思わねえよそんな事いわれても。
もちろん、自分に足りないところは山ほどあるわけで、しかし
それを補えるほど優れてるところが一つでもあれば
そこで世間の役に立てればよいわけで。
同じ体力をつかうのでも、
(それが人に迷惑をかけるレベルでない限り)
苦手なところを無理してギリギリ人並み程度に収めようとするより
得意なところをのばすために使う方が加速も大きいし
効率的に役に立てると思うのだけど、どうかね。
そうやってそれぞれの優れたところを持ち寄れば、人並みばかりの奴ら揃えるより
より濃い結果が出せる組織がつくれると思うのだけど、どうかね。
組織ってそういうものだろ?
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独学かスクールかセミナーか
- 2008年5月12日 21:30
- ツブヤキ
Web周りの基礎知識を身につけるのに、独学じゃなきゃダメとか、とりあえずスクール通うとか、いやセミナーだ、とかよく目にするけれど。
独学で書籍代以外の追加投資無しにある程度までいけちゃうのは事実なんで、それに越したこたないんだけれど。
その前にまずひとつ、今やWeb上に豊富に情報がある、それこそほにゃらら入門なんて至る所にタダでころがってる、ゆえに本も買わずにWebだけでなんとかなる、なんて思ってる輩は、おそらくかなり目標が低い。
確かに、手っ取り早く入り口に立つには最適。でもそこまでだ。せいぜい「小器用な奴」レベル。出来るんかと勘違いしてちゃんとした成果物を求めようとすると、たいがい穴だらけでロクなモノはあがってこない。
Web上でタダで得られるものなんて、膨大なようにみえるだけで氷山のほんの一角だ。そんな事考えもせずにこれだけでわかった気になってる輩は、まずまちがいなく小物だと思う。
雑誌はどうかな。自分は、雑誌はほぼ買わないので何ともいえないが、継続的に薄く広くの情報あつめるには向いてるけど、雑誌だけで基礎を築きましたって時代じゃないようにも思う。でもゲーム雑誌に載ってるソースコードの応用だけで結構イケちゃう猛者も少なくないって印象もあって、まあよくわかんない。
本は、ハウツー本一冊で満足してる奴は論外として、まず一分野3冊+α程度でどうかな? 内訳は概念の解説に優れた入門書と、中級の応用書、文例が豊富なリファレンス。
著者により宗派があるので、+αは心がけておくべきと思う。この程度を押さえられれば、基礎はできるんじゃないかな?
で。今の段階の自分はここまでなのだけど、壁を感じている。
上記のいずれにしても必要不可欠な「手を動かして身につける」時間がうまくつくれないのだ。業務には直接関連しないので家でやるしかないのだが、まあ自堕落さが故で、すぐ眠くなってちっとも進まない(泣 睡魔さえ無ければ、飽きるまでいじり倒してモノにする自信はあるんだが...
それからもうひとつ、独学は閉じた世界なので空気が澱む。これはかなりもったいないのではないかと思うこのごろ。これについてはエントリを分けけよう。
で、このところずっと迷っているのが、スクールかセミナーか。
これまでにセミナーはいくつか受けていて、目的は学ぶというより、自分の理解レベルの確認のためという感じ。けれどこれもやはり、結局は自分で手を動かして身につける時間が継続的にとれないと知識が定着しない!
なので、コツコツした時間を無理矢理稼ぐためにもスクールに通おうか検討している。セミナーにはないスクールの魅力は、「一通りやり遂げました、これで基本的な事は押さえたぞ。」という区切りがしっかりつけられそうなところ。
一つの分野だけでなく関連する一通りのカリキュラムをとれそうなものを漁っているのだけど、まだピンと来るコースに出会えてないのだな...。
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血路を切り開く
もうひと月も前にクリップしていたものを投稿。コメント欄にあるこれにぐっと来たので。
Life is beautiful: 「普通そういうことしないよ」という言葉の暴力「いいですか、100人の人間がいて、99人がそれはだめだと言う。でも残りの一人はそれはこうやったらできるかも、と考えて自分の直感を信じて苦心惨憺のすえ、99人ができないといったことがらを実現します。その一人が研究者と言う人種なのです。そして研究所と言うのはそういった『だめだ』という声に対して『いや、こうやったらできる』と血路を切り開く人たちの集まりなんです。」
こうありたい。
今は先陣が切り開いてくれた路の入り口のちょっと先あたりで、後の奴らが進みやすいように下草を刈っているような立ち位置の自分。自分の直感を信じて、ささやかながら路筋をつけているけれど、ややもすると無駄にもみえているだろう...路は整備されているのが当たり前で、乱れていれば他人事のように批判する、そんな奴には。
そう、切り開かれた路ってのは整備されてるとは限らない。やっとこさ通した路ほど、まだ雑草がぼうぼうだったり、時に凸凹で歩くのもままならなかったりするものだ。開拓する力のない奴ほど、そんな路無き路に不平をたれる。その路が開かれた事に意義を感じるのならば、整備した路を開けなかった先陣の力量のなさをを責めるのではなく、せめて路を整備する役目を買って出るべきじゃないか。
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五割の正義しかなくても勝たなきゃならないのかぁ
- 2008年5月 2日 22:48
- ツブヤキ
今日一つ、わかった事。
どんな理屈も見方によっちゃ正論、自分が十割正しいでも無し相手が十割悪いでも無し、
些細な事でささくれ立ってもいい事はなし、ご指摘はありがたく頂戴して丸く収めりゃ世は平和、
自分に正義があるときにこそ討って出るべし。
てのが基本方針だったのだけど、それを貫けるほど自分は強くなれてなかったみたいだ。
自分に五割の正義しかなくても勝たなきゃいけない、自分を守らなゃいけないときってのは来るもんだ。そこで勝つためには、綺麗事だけでは勝てないね。泥臭い攻撃力がなくちゃ生き残れないや。
そんな攻撃能力が無いのは自覚してたからこそ、自分が正義である領域を地道に拡げてく事を攻めの力として積み重ねてきた。でもそれに時間がかかり過ぎてるのが今こんなとこでくすぶってる最大の原因なんだ。
正義で勝てないイクサはしないタチだったけど、もうそれだけじゃ二進も三進もいかない。理不尽な思いをしないためには、理不尽な理由でも勝てる力が無くちゃだめだね。
この壁乗り越えないと明日の日の出はねぇなぁ。さりとて攻撃力なんて一朝一夕じゃ身に付かないし、はてさて如何にしたもんかね。
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プロジェクトのスタートにおもう
メインで関わってるプロジェクトが正月あけに一段落ついたあと、しばらく調整期間が続いていたけれど、ようやく次のステップに進み、新しく2つのサブプロジェクトを始める事が出来た。
ここにたどり着くまでが長かった......社内調整でどんだけパワー費やしたんかと。ゆうに2ヶ月半はかかった。そうたいした予算でも無いのに、チーム内の調整から、関係3社の調整から、社内稟議から、をなだめたりすかしたりしながら、ようやくこぎ着けたっていう。
そもそもこの大元のメインプロジェクトも、進行中の道半ばであわやご破算かっていう危機をなんとか繋ぎ止めて引き戻して、どうにかオープンまでこぎ着けたっていう経緯があるわけで。
プロジェクトの始まりはいつもわくわくするものだけど、事前にこれだけ無駄な?パワー費やしてぜいぜい息切らしてるような状態でのスタートは、それなりに感慨深いものがありますな。
こんなに必死にしがみついても、結局誰もハッピーにならないんじゃないのかって迷いは今でも引きずっているけれど、この2つのサブプロジェクトが質の高いゴールにたどり着ければ、その迷いを吹っ切る材料になるさってことで、賭け。
潤沢でなくていいからある程度の予算を固定して管理任せてくれれば安全運転させられるんだけどなあ...と思う一方、プロジェクト立ち上げ時には難産がつきものという状況に慣れてしまって、安全パイな案件なんぞ自分が居らんでも回せるやろって思っても見たり。
...やっぱり今の自分に必要なのは、Web云々よりプロジェクトマネジメントなんかしらん。
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たまげますた
- 2008年4月 5日 18:53
- ツブヤキ
分社化のお知らせのはがきだったかな? どこで読んだか忘れたけれど。
某社が、レストランも始めるような事が書かれていて「??」 とおもったのですが、
その店が自分の勤め先からむちゃくちゃ近いことを偶然知って「?!?!?」 。
てゆーかなんでこんなの見つけちまう訳? >> 自分
それにもびっくりだわさ。
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会議が面白いかも
このところ、会議すなわちヒアリング である事が多い。
これが、じわじわ面白くなって来た。
以前から薄々感じてたことだけど、昨今で明確に認識。
自分と違う立場の話を聞いていて、問題に対して同じような認識を持ってたら、意識が同調出来てる事に自信が持てる。違う認識してたら、別の視点が新鮮に感じられて、刺激を受ける。
ヒアリングじゃなくったって、みんなが情報持ち寄ってくるのが会議なので、自分の知らなかった事が一堂に会する。自分はそれを取込んで消化してまとめて、先に進める段取りを提案する。
楽しいよ?
...いいトシこいて何を今更そんな事を、な呟きだけど、企業勤務経験実質4年目としてはこんなもんじゃないかなぁと。以前の仕事じゃ、立場の違う人間との打ち合わせなんて数えるほどもなかったからなぁ。
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手書きでブレストの試み中
- 2008年3月30日 17:51
- ツブヤキ
出来るだけ毎日続けようと考えて始めたこのブログも、前回のエントリからすっかり半月もあけるようになってしまった。
でもブログを書いていないからアウトプットをさぼっているのかというと、そうでもない。 ちょっとした試みで、何でもノートに書きなぐっていくというのをやり始めてる。
仕事(机上のPCでないと出来ない作業)を早々に切り上げて、近くのコーヒーショップでカフェラテを傍らに、1つのテーマから始めて思いつくままざくざく書き込んでく。波に乗れば一時間でA5のリフィルに10枚以上とか。(たいがいそこでトイレ休憩入れたくなるwのだけど、オープンカフェなので席外すわけにもいかず、ちょっと気がそがれてペースがぐっと落ちる...)
会社のPCでやってるときより、感覚比2倍の集中度でノートが埋まっていくのが気持ちいい。
正直、キーボードの方が言葉の生産ペースは幾分早い。だけど、ペンを持って字を書くってのが何らかの基礎運動になってると思わせるような、副次的な効果も感じる...例えば誤字が減ったかもとか、文字が読みやすくなってきたかもとか。
あと、較べられないけれど、PCのマインドマップでブレストするよりも、日常的に思考が活性化してきた気がしなくもない...
なので、比例してとっちらかってく情報の管理に戸惑いながらも、あっという間に使い切ってしまうだろうリフィルのコストをちょっと心配しながらも、ノートに書きなぐるのはしばらく続きそう。
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点が線につながる時
本を3冊買った。
まだぱらぱらめくっただけだけど、わくわくする。こういうのだいすき。
前回のエントリで、議事録も情報デザインだって事に、点と線がつながったと書いた。
15年以上前に広告デザインの端くれに転がり込んだものの、自分には合わないと感じてた。広告という、作り手と受け手がふれあう一瞬のセッションのための、目を引く斬新な表現が生み出せない自分の能力に納得出来なかった。あるべき情報をしかるべき表現で配置するような必然性を持ったアプローチってのがあれば知りたいと思っていた。
それを1年半でヤメた後、ずっと漠然とした目標を持ちつつも根無し草を続けてきたけれど、この2年で何のご縁かWeb周りの業務に携わるようになって、自分がほんとにこだわれる事がここにあるという実感が日増しに強くなってる。
それはWebってモノに興味があるわけじゃない。そもそも自分は、あるべき情報をしかるべき表現で配置する、つまり情報デザインとかインタラクションデザインだとかって奴に興味があったんだ。だから議事録にはまった。でもそこまでは他のどんな業務でも出会えただろう。だけどWebってのは、そういった必然性を持ったアプローチを検討した事への回答を、アクセス解析結果として簡単に手に入れる事が出来る。議事録では自己満足にしかならなかった情報デザインへのこだわりを、Webではユーザーの行動履歴によって実証できるんだ。
というわけで、おそらくしばらくまっしぐら。
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知恵と知識
- 2008年3月 9日 00:42
- ツブヤキ
知識と知恵。
以前からうすらぼんやり考えていたこの似て非なるものについて、ふとネットで漁って見た。けれど、知識ばっかりためてもダメ知恵こそ重要、な論調を見るたび首を傾げてしまう自分がここに居る。
たしかに、知恵の伴わない知識は役に立たない。
けれど、知識の伴わない知恵は迷信となる。
車の両輪だよねぇ。
知識の集積から正しく知恵を生み、知恵の集積が知識となる?
や、何って、
いままで知恵ばっかりで乗り切って来た感ありありなので、ちゃんと知識を身につけようかな、と。
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頭がカオス!
- 2008年1月26日 17:49
- ツブヤキ
このところ、業務で手いっぱいで
記事にするための考えをまとめる余裕がとれなくて
投稿のペースが落ちて、
書きたい事が漠然としたまま溜ってきて
ますますまとめんのが困難になってきて
ますます投稿出来なくて
悪循環。
やっぱ適度な頻度でアウトプットするのって重要だわさー。
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年明け
- 2008年1月20日 22:38
- ツブヤキ
元旦に一年の計をするたちではないけれど、昨年暮れからの自分の興味の動向を見るに、いかに確実にインプットし、いかに効率的にアウトプットするかが今年の最大のテーマになっているのを明確に感じる。
それは業務内でも、業務外でも。
現状をかえたくなったんだ。今までの根無し草な暮らしぶりを脱ぎ捨てて、年相応の能力に追いついておかないと、泣きを見る日も近いぞっていう危機感が強くなった。
もう職業の自由を謳歌出来る年齢を遥かに超してしまっている以上、自分の仕事環境の向上のみを目的とした転職などできるはずもなく、いかに環境に貢献出来るかがウリにできなきゃ必要とされない。勤続しようが転職しようが独立しようが将来は無いんだ。
とはいえ、気負いばかり先行して現実はまだ空回りばかりしている。あぁ、ひねもすのたりと暮らしてシアワセだったあのころにもどりたい… なんでこんなシャカリキになんないと将来を作れないのさ。
# てゆーか「ひねもす」って「終日」って変換されてびっくり。
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ブログかく暇がないなんていうなよ
- 2007年12月29日 17:00
- ツブヤキ
こういう趣旨の発言もちらほら見るけどさ。
そもそも落ち着いて考える暇がないから、ブログに書きたいネタはあっても文章化する余裕がないんだよな。他の人のブログにトラックバックしようとして、取り急ぎ引用エントリを下書きで起こしておいて後で人様に読ませるための体裁に整えよう、というエントリがMTの管理画面に積もってる。考えて文章化して答えを出する訓練だから、手を抜きたくはないしね…
目下の課題は、まずは通勤時間の有効活用。いつもの鞄には本が入らないんで(ぉぃ、これまではZERO3でWebを巡回してたのだけど、このところそれをやると目が疲れて業務に支障が出るようになって来たのと、ZERO3のOperaだとMT4の管理画面などが(地下鉄内で)実用に耐えないので、現在はかなり無為な時間になってる。
紙のメモ持ってマインドマップでも書くかね…
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ウツなときは味覚も麻痺する
- 2007年12月26日 23:59
- ツブヤキ
いわゆるストレス解消というか、気分が後ろ向きだったり機嫌が悪かったりなんて時は だいたい「おいしいものを食べる」で解決するさと思ってたのだけど、そもそも本気でウツなときってのは どんなにおいしいものを食べても、味は感じないのだね…
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頭の中をひとに伝える
前のエントリで「語彙」という語句を使っていたのは、
語彙が少ないと仕事の能率もわるい?
を目を通してまたすごく腑に落ちたので後でちゃんと読んでトラバしようと思っていたからなのだけど、
その前の頭の中にあることを瞬間的に出せる訓練をしないとコンセプトもへったくれもない
がまた自分的ど真ん中でした。
いかに自分の頭の中のものを忠実に形に落とせるか、ひとに伝えるか。
それには、いかに頭の中で具体的に描けるかがまず勝負、そしてそれを具現化するためのわざも勝負。
昔から、自分の頭の中にあるモノも感情も、そのままひとに伝えるのは言葉じゃ無理だと思っていた。言葉の捉えようは人それぞれで、不確定さは避けられないから、最後には絵や動きで見せるしかないと。 だから思い通りに絵を描けるようになる事にこだわってたな。言葉じゃ伝えきれないことを絵で描ききれるようになるための訓練は、同時に、どれだけしっかり対象を把握できるかの訓練にもなってた。
自分の仕事が変化するにつれ、自分の頭の中を具現化するためのわざが絵からPCにかわって、今は言葉になってきてしまった... それはつまり「他の人と作業を協業するようになった」のであれこれ説明しなくてはならなくなったということ。
言葉での表現はいわば一度ステたものなのですんなりとはいかなくて、クロッキーよろしくマインドマップに片っ端から殴り書いたものを清書するのに、置き換えるべき適切な言葉みつからずべらぼうに時間がかかる... 言葉足りねぇんだよなもう。
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1%と99%
- 2007年12月11日 23:50
- ツブヤキ
たまに冴えた事言う人ってのはそう珍しくないわな。
大筋ではいい事言う人ってのも、まあまあ居るわな。
じゃあなぜ状況が停滞しているのかと云うと、言った事が実現できてないからなわけで、それはひらめいたアイデア捉えた大筋を具体化できないから実行に移せないのであって、すなわち何も思いつかない何も出来ない、と同義な訳だ。
たまにしか冴えないレベルだと、具体化する際に破綻を起こしたり、大筋でしか言えないレベルだと、いつまでたっても詳細を詰められなかったり、
具体化できないアイデアなんて白紙も一緒。アイデアを具体化させ実現させるために、たくさんの技を身につける事が欠かせない。そして技を身につけるには、経験あるのみ…
いや経験も目が節穴じゃ実になんないか… まずは目を研ぎ澄ませ、経験はそれからだ、か?
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404 Blog Not Found:好きを貫いている者の礼儀
好きを貫くのもいい。好きを貫いている者を褒め讃えるのもいい。しかし好きを貫いている者であれば、自らの好きを貫くまえに、好きを貫いている誰かを褒める前に、好き嫌いを抜きにして仕事を片付けた方々をねぎらいたいものだ。
あまりに我が意を得ていて吠えたくなりましたよ。
あたりまえと思っているものがあたりまえであるためにどれほどの人の手を経ているのか、人はそれを忘れて現状に不平をいう。そんなことが多すぎるんだ。
ことさら感謝しろとはいわないさ。でもあたりまえで当然としか思えないなんて、不幸なことだなとおもう。世の中の半分くらいつまんないんじゃない?
願わくばこの先自分が、どこかの誰かのあたりまえを維持する画期的な一歩に、携わることが出来ますように。
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やっぱ魂ですよ。
だって、そんなものは誰も欲しがらないから。そんなものには魂が宿っていないから。
好きなんだよなぁ、こういう考え方。やっぱ魂ですよ。
現実はそうとばかりも云ってられないけどね。魂こめても鶴の一声でしゃぼん玉こわれて消えて…
…棚橋さんのブログには共感することが多い。正直、読むのに体力いるので「あとで読む」に山ほどストックされているのだけどw。
以前、とあるプロジェクトのコンペでプレゼンしていただいたことがあって、そのときは他社を選んだけれど、いつか一緒にお仕事する機会があったら生の棚橋節を満喫したいかも。
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一に信念、二に技術
俺はコレ作りたいんだ!!みたいな確固たる信念があって、それを如何に発想で実現可能にするかってさえあれば、技術とか数学とか関係なしに面白いインタラクティブコンテンツ作れるんじゃないかと思う。
これは、自分も持論の一つにしてる。
志がまずあって、それを実現するための手段としての技術だっていう位置づけ。
私が技術を追いかけるのは、「これ作りたいんだ、こうあるべきなんだ!!」という思いを実現させるための手段を、納得出来るまであきらめずに探し続けているからに他ならない。一度それらしい答えを見つけたとしても、もっとスマートな解がないか懲りずに探し続ける。
自分はそれが当たり前だと思っているのだけど、人によっては理解出来ないとすぐあきらめてしまったり、そもそも探すということがわからなかったりするのかな。
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いやきっとそいつはヌリカベだ
- 2007年11月24日 12:00
- ツブヤキ
いやいやまてまて。
おまいが壁だと思っているものは、きっとヌリカベで、前に進もうとすると邪魔するが足を払えばいなくなるのだ、と思ったり思わなかったり。
そのついでにこんなサイトを見つけて楽しくなったのでよしとする。
国際日本文化研究センター | 怪異・妖怪伝承データベース
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